交通事故訴訟で必要な主張及び立証

第0 目次

第1 交通事故訴訟で必要な主張
第2 交通事故訴訟で必要な書証
第3 交通事故訴訟における弁護士費用
第4 交通事故に基づく損害賠償請求権と年5分の割合による遅延損害金
第5 相当因果関係の判断
第6 損保顧問医の意見書
第7 工学鑑定書
第8 判決での認容額が事前提示額より下がる場合があること
第9 判決結果と自賠責
第10 債務不存在確認請求が先行する事案

* 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)1頁ないし20頁に「被害者側弁護士の弁護活動」が載っていて,56頁ないし69頁に「東京地方裁判所民事第27部における交通関係訴訟の審理」が載っています。

第1 交通事故訴訟で必要な主張

1   交通事故訴訟では,以下の事項をなるべく主張する必要があります。
① 責任原因
→ 請求根拠条文として,以下のいずれの条文を援用するかを明確にする必要があります。
なお,(a)運転者かつ保有者(自分の車を自分で運転していて交通事故を起こした人)に対する請求であれば,自賠法3条及び民法709条が競合して適用されますし,(b)被用者である運転者の行為について,使用者に対する使用者責任に基づく請求であれば,自賠法3条及び民法715条1項が競合して適用されます。
(a) 運行供用者責任を定める自賠法3条(人身損害だけが対象です。)
(b) 不法行為責任を定める民法709条(人身損害だけでなく,物損も対象です。
(c) 使用者責任を定める民法715条1項(人身損害だけでなく,物損も対象です。)
→ 民法715条1項の規定は,主として,使用者が被用者の活動によって利益をあげる関係にあることに着目し,利益の存するところに損失をも帰せしめるとの見地から,被用者が使用者の事業活動を行うにつき他人に損害を加えた場合には,使用者も被用者と同じ内容の責任を負うべきものとしています(最高裁昭和63年7月1日判決)。
(d) 請求権代位を定める保険法25条(人身傷害補償保険の支払をした保険会社が原告になるときの話です。)
→ 平成22年3月31日までに保険会社による請求権代位が発生した場合,商法622条が適用されます。
② 被告
→ 運転者かつ保有者以外の人について運行供用者責任を追及する場合,運行供用者性を基礎づける具体的事実まで主張する必要があります。
③ 事故態様・事故原因
→ 図面(特に,刑事記録・少年保護事件記録添付の実況見分調書),現場の写真等を利用してわかりやすく説明する必要があります。
④ 受傷内容
→ (a)入院・通院先,(b)入院期間,(c)通院期間,(d)通院実日数等を主張する必要があります。
⑤ 損害
→ (a)損害てん補前の全損害額の内訳,(b)被害者の職業及び実収入額(事故前及び事故後)並びに学歴,(c)症状固定日,(d)自賠責保険の認定した後遺障害等級,(e)現在における日常生活及び業務に対する影響,(f)死亡した者の損害及び遺族固有の損害の区別,(g)被害車両の車種・年式,(h)被害物品の購入価格・購入時期等を主張する必要があります。
⑥ 損益相殺
→ 保険会社(自賠責保険・任意保険,共済),労災保険,健康保険,被告等から既に受領した額を主張する必要があります。
    なお,労災の場合,損益相殺について一定の制限があります(最高裁昭和62年7月10日判決,最高裁平成8年2月23日判決,最高裁平成22年9月13日判決,最高裁平成22年10月15日判決参照)から,保険給付の内容も明らかにする必要があります。

2 交通事故の赤い本講演録2018年5頁には,東京地裁27民の部総括裁判官の発言として以下の記載があります。
①   複数の医療機関で長期間の入通院治療を受けていることがうかがわれるのに,「治療費○○円」,「入通院慰謝料○○円」と記載されているのみで,どこに,いつからいつまで入通院したかが明記されていない例が散見されますが,人損が問題となる訴訟事件で,前提事実として入通院経過を理解しておく必要がないというケースはそう多くないと思われます。原告代理人は訴状を提出する段階でそれまでの交渉経緯を通じておおよその経過が頭に入っておられることが多いのかもしれませんが,裁判官は白紙の状態で訴状を読むわけですので,「○○病院○○科 ○年○月○日~○年○月○日通院(通院実日数○日)」という形で整理して入ツイン経過を記載していただくことが,損害に関する当事者の主張の対立点を理解する上で大いに助けになります。入通院経過につきましても,このような形での具体的な記載に努めていただきたいと思います。
② 多くの事案では,過失相殺の前提として事故態様が問題となるほか,原告主張の症状の外傷起因性や,治療の必要性・相当性に関係して,事故により身体に加わった外力の部位や程度が問題となります。裁判官にとっては,具体的な事故状況を図面や画像で確認することができた方が,文字での説明のみの場合よりもずっとリアルに,その事故の状況を頭に入れることができますので,事故現場や事故車両の写真,ドライブレコーダー等の客観的資料が存在するときは,できるだけ早期に提出をお願いしたいと思います。

第2 交通事故訴訟で必要な書証

1 人損・物損に共通して,交通事故訴訟では,以下の書証をなるべく提出する必要があります。
① 交通事故証明書
② 事故車両の写真(全体及び破損部分)
③ 事故現場の道路の写真(撮影者,撮影日時及び撮影方向図を付記)

2 人損に関しては,以下の書証をなるべく提出する必要があります。
① 診断書
→ 自賠責保険の定型書式のもので,以下の事項の記載があるもの。
(a) 入通院期間
(b) 通院実日数
(c) 付添看護の必要性及び期間
(d) 個室使用の必要性及び期間
(e) 特殊治療(鍼灸,カイロプラクティック等)の必要性
(f) 装具装着の必要性
② 診療報酬明細書(自賠責の定型書式のもの)
③ 後遺障害診断書(自賠責の定型書式のもの)
④ 後遺障害等級認定証明書(自賠責の等級認定によるもの)
⑤ 付添看護費の領収書
⑥ 通院交通費関係の書類
→ (a)バス・電車の利用については原告作成の明細書,(b)タクシー利用については必要性に関して,障害の程度・態様,医療機関と自宅の一巻系統に関する被害者本人の陳述書及び領収書
⑦ 自宅等改造費用の図面・領収書
→ 改造後の写真も併せて提出する必要があります。
⑧ 車椅子・義肢・装具・特殊車両等の領収書
⑨ 休業損害証明書
⑩ 事故前年の源泉徴収票若しくは確定申告書控え(税務署の受付日付印のあるもの),又は市区町村長の納税証明書又は所得証明書など,事故前の収入を立証できる書証
⑪ 戸籍謄本
→ 死亡事故の場合に必要です。

3 物損に関しては,以下の書証をなるべく提出する必要があります。
① 自動車検査証又は自動車登録原簿謄本
② 車両等修理費用の領収書(修理未了の場合は見積書)
③ 事故減価額証明書(財団法人日本自動車査定協会等が作成したもの)
④ 自動車価格月報(レッドブック)
→ 全損の場合や,時価が修理費用を超えることの証明を要する場合に必要です。
⑤ 代車料の領収書
⑥ 車両以外の被害動産・不動産の写真・価格表・修理費用の領収書等

4(1) 被告が,事故態様,双方の過失の有無・割合を争うことが予想される場合,刑事記録・少年保護事件記録中の法律記録を提出することが望ましいです。
(2) 被告が,傷害・後遺障害の有無・程度,事故との因果関係等を争うことが予想される場合,診療録等の写し(頁番号を振ったもの)を事前に入手して提出することが望ましいです。

第3 交通事故訴訟における弁護士費用

1 不法行為の被害者が,自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものにかぎり,当該不法行為と相当因果関係に立つ損害となります(最高裁昭和44年2月27日判決)。
  そして,この理は,被害者が自賠法16条1項に基づき保険金額の限度において損害賠償額の支払を保険会社に対して直接請求する場合においても異なりません(最高裁昭和57年1月19日判決)。

2 弁護士費用の認容額は原則として10%程度でありますものの,認容額が高額になれば10%を下回り,認容額が少額であれば10%を上回ることが多くなります。

3 自賠責保険金の支払を受けることができるのに,それを受けないで訴訟を提起した場合,自賠責保険金の支払を受けた後に訴訟を提起した場合と比べて認容額は高くなりますところ,弁護士費用の算定については,この点が考慮されることとなります。

4 弁護士費用については,現実にはまだ支払をしておらず,約束をしたに過ぎない場合であっても,不法行為と相当因果関係に立つ損害となります(最高裁昭和45年4月21日判決。なお,先例として,最高裁昭和45年2月26日判決)。

5 弁護士費用は,過失相殺後の認容額も考慮して算定されますから,更に過失相殺されることはありません(最高裁昭和49年4月5日判決,及び最高裁昭和52年10月20日判決参照)。

6 弁護士費用の賠償請求権の消滅時効の起算点は,報酬金支払契約を締結した時点です(最高裁昭和54年3月9日判決)。

7 弁護士費用に関する損害は,被害者が当該不法行為に基づくその余りの費用の損害の賠償を求めるについて弁護士に訴訟の追行を委任し,かつ,相手方に対して勝訴した場合に限って,弁護士費用の全部又は一部が損害と認められるという性質のものでありますから,その余りの損害と同一の不法行為による身体傷害など同一利益の侵害に基づいて生じたものである場合には一個の損害賠償債務の一部を構成することとなります。
   そのため,当該弁護士費用につき不法行為の加害者が負担すべき損害賠償債務も当該不法行為の時に発生し,かつ,遅滞に陥ることとなります(最高裁昭和58年9月6日判決)。

第4 交通事故に基づく損害賠償請求権と年5分の割合による遅延損害金

1 総論
(1) 不法行為に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に,何らの催告を要することなく,遅滞に陥るものあって(最高裁昭和37年9月4日判決最高裁平成22年9月13日判決),後に自賠法に基づく保険金の支払によって元本債務に相当する損害がてん補されたとしても,当該てん補に係る損害金の支払債務に対する損害発生日である事故の日から当該支払日までの遅延損害金は既に発生しているのであるから,当該遅延損害金の請求が制限される理由はありません(最高裁平成12年9月8日判決(ウエストローに掲載))。
    また,同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害賠償債務は一個と解すべきであって,一体として損害発生の時に遅滞に陥るものであり,個々の損害費目ごとに遅滞の時期が異なるものでもありません(最高裁平成7年7月14日判決(ウエストローに掲載))。
    つまり,交通事故に基づく損害賠償請求権については,交通事故が発生した日から年5分の割合による遅延損害金が発生しているということです。
(2) 任意保険会社の治療関係費なり内払金なりが遅延損害金の支払債務にまず充当されるかどうかについて判示した最高裁判例はまだありません。
 
2 弁済のための供託と遅延損害金
   交通事故によって被った損害の賠償を求める訴訟の控訴審係属中に,加害者が被害者に対し,第一審判決によって支払を命じられた損害賠償金の全額を任意に弁済のため提供した場合には,その提供額が損害賠償債務の全額に満たないことが控訴審における審理判断の結果判明したときであっても,原則として,その弁済の提供はその範囲において有効であり,被害者においてその受領を拒絶したことを理由にされた弁済のための供託もまた有効です(最高裁平成6年7月18日判決)。
 
3 労災保険からの給付がある場合の取扱い
(1)   労災保険からの給付がある場合,①休業給付については休業損害の元本との間で,②療養給付については治療費等の療養に要する費用の元本との間で,③障害一時金については後遺障害による逸失利益の元本との間で,④遺族補償年金については死亡による逸失利益との間で,
   交通事故が発生した日にてん補されたものと法的に評価して,損益相殺的な調整がなされます(療養給付につき最高裁平成22年9月13日判決,休業給付及び障害一時金につき最高裁平成22年10月15日判決,遺族補償年金につき最高裁大法廷平成27年3月4日判決)。
(2)   労災保険に基づく給付があった場合,自賠責保険金等と異なり,その限度で遅延損害金まで否定されるということです。

第5 相当因果関係の判断

1 総論
(1) 不法行為による損害賠償についても,民法416条が類推適用され,特別の事情によって生じた損害については,加害者において,当該事情を予見し又は予見することを得べかりしときにかぎり,これを賠償する責を負います(最高裁昭和48年6月7日判決)。
(2) 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足ります(最高裁平成18年6月16日判決。なお,先例として,最高裁昭和50年10月24日判決参照)。 

2 事例判断 
(1) 不法行為において,車両の運行と歩行者の受傷との間に相当因果関係があるとされる場合は,車両が被害者に直接接触したり,又は車両が衝突した物体等がさらに被害者に接触したりするときが普通であります。
   しかし,これに限られるものではなく,このような接触がないときであっても,車両の運行が被害者の予測を裏切るような常軌を逸したものであって,歩行者がこれによって危難を避けるべき方法を見失い転倒して受傷するなど,衝突にも比すべき事態によって傷害が生じた場合,その運行と歩行者の受傷との間には相当因果関係が認められます(最高裁昭和47年5月30日判決)。
(2) 自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場合,当該駐車場が,客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造,管理状況にあると認めうるときには,たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車させても,このことのために,通常,当該自動車が第三者によって窃取され,かつ,この第三者によって交通事故が惹起されるものとはいえないから,自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故による損害との間には,相当因果関係があるとは認められません(最高裁昭和48年12月20日判決)。
(3) 交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において,その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとしても,当該事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与え,その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと,その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって,被害者が,災害神経症状態に陥り,その状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至ったといった事実関係の下では,当該事故と被害者の自殺との間に相当因果関係があります(最高裁平成5年9月9日判決。ただし,心因的素因により8割減額がなされています。)。
(4) 甲が,乙の運転態度に文句を言い謝罪させるため,夜明け前の暗い高速道路の第三通行帯上に自車及び乙が運転する自動車を停止させた過失行為は,自車が走り去ってから7,8分後まで乙がその場に乙車を停止させ続けたことなどの乙ら他人の行動等が介在して,乙車に後続車が追突する交通事故が発生した場合であっても,上記行動等が甲の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったなどといった事情の下においては,上記交通事故により生じた死傷との間に因果関係があります(最高裁平成16年10月19日決定)。

第6 損保顧問医の意見書

1 後遺障害の等級が争点となる場合,加害者である被告の訴訟代理人は,文書送付嘱託により取り寄せたカルテ等に基づいて,損保顧問医の意見書を提出してくることが多いです。

2 損保顧問医の意見書には通常,被告に有利な内容で以下のことが記載されています。
① 症状固定の時期に関する意見
② 休業が相当な期間に関する意見
③ 後遺障害の程度から判断されるところの認定等級に関する意見
④ 労働能力喪失の割合及び期間に関する意見

3 損保顧問医の意見書には以下の問題点があります。
① 患者である原告を直接診察した上での意見ではない点で,医師法に違反する可能性がある。
→ 医師は,自ら診察しないで治療をし,若しくは診断書若しくは処方せんを交付することができない(医師法20条)のであって,医師法20条に違反した場合,50万円以下の罰金に処せられます(医師法33条の2第1号)。
② カルテ等も含め,裁判所に提出された記録だけに基づいて判断しているに過ぎないし,本当に全部の記録を見た上で判断しているかどうか不明である。

4 医師の診察の結果に関する判断を表示して人の健康上の状態を証明する部分を含む書面は,医師法20条の診断書に当たります(最高裁昭和30年12月2日決定参照)。

5 岡山大学HPに「医療訴訟における鑑定意見・私的鑑定意見の証拠評価について」が載っています。

6 判例タイムズ1389号(平成25年8月発行)に,東京地裁医療訴訟対策委員会が作成した「医療訴訟の審理運営指針(改訂版)」が掲載されていますところ,18頁に以下の記載があります。
ウ 協力医の意見書
(ア) 原告及び被告の協力医の意見書は,それが適格者によるものであれば,医学的知見を個々の事案に当てはめるのに有効である。
   協力医の意見書の準備は,当事者にとって負担の大きい作業ではあるが,できるだけ争点整理の初期の段階で提出されることが望まれる。もっとも,事案ごとに争点整理の見通し(争点整理における意見書の必要性の程度を含む。)などが異なることも事実であり,争点整理の初期の段階では,協力医の助言を受けながら主張及び医学文献の提出をし,争点整理がある程度進行した段階で相手方の反論を踏まえた意見書を提出する例も少なくない。
   いずれにしても,協力医の意見書の作成には一定の時間を要することが予想されるから,訴訟の早い段階で,裁判所が,当事者に意見書の提出予定の有無,提出時期,人証申請の有無等を聴取し,裁判所,両当事者間で共通の認識を持ち,記録化するなどして,訴訟の遅延を来さないよう配慮する必要がある。
(イ) 意見書は,鑑定の結果と異なり,一方当事者から提出され,作成者の専門性の担保や前提とした事実関係の確認などがされていないものであるから,信用性の十分な吟味が必要である。したがって,提出者は,その信用性を担保するため,作成医師の経歴,専門科目,臨床経験,参照した書面及び前提とした事実関係などを記載することはもとより,その意見を裏付ける医学文献を提出することが重要である。参照した書面及び前提とした事実関係について記載がされていない意見書も少なくないが,信用性吟味のためには, これらの情報も必要である。
   なお,意見書を提出した協力医については,相手方当事者の反対尋問権を保障するため,証人尋問が行われる場合が多い。
(ウ) 協力医が匿名を希望するため,作成名義人が明らかでない意見書を提出する場合がある。しかし,作成者不明であれば書証としての形式的証拠力に疑義があり,その信用性も極めて低いと考えざるを得ないことが通例である。このような場合,裁判所が,意見書自体ではなく,その意見に沿った主張を準備曹面で行うこととそれを裏付ける医学文献を提出することを促すこともある。

第7 工学鑑定書

1 事故状況が争われている事案では,自動車工学の専門的知見に基づいた工学鑑定書が提出されることがあります。
    加害者側の損保の従業員,又は損保の関連会社のアジャスターが作成していることが多いです。

2 アジャスターとは,保険事故に関わる損害車両の損害額,事故の原因等の調査確認とそれらに付随する業務を行う,社団法人日本損害保険協会に登録されている専門家をいい,技術アジャスター及び特殊車アジャスターの2種類があります。
  単にアジャスターという場合,技術アジャスターのことをいうのが普通です。

3 アジャスターには,見習,初級,3級,2級の技能ランクがあります。

4 アジャスターによる損害調査方法には以下の3種類があります。
① 立会調査
→ 損傷車両が入庫された整備工場へアジャスターが実際に出向き,損傷車両を確認する。
② 画像伝送調査
→ インターネット等を利用して損傷車両の画像を整備工場から送信してもらい確認する。
③ 写真調査
→ 整備工場から写真と見積書を郵送してもらい損傷車両を確認する。

4 工学鑑定書には以下の問題点があります(判例タイムズ1346号(平成23年6月25日発売)「座談会 交通損害賠償における実務の現状」参照)。
① 裁判所からすれば,アジャスターの資格がどの程度確立していると考えていいのかが分からない。
② 裁判所に提出された証拠に基づき認定できる事実を前提として工学鑑定書が作成されているとは限らない。
③ 工学鑑定書で言及されている専門家の経験則等が本当であるかどうか分からない。
④ 物理の難しい公式だとか法則だとかがいろいろと書かれているため,推論の過程が理解できない。

5 交通事故電脳相談所HP「交通事故工学鑑定について」によれば,いい加減な鑑定の例として以下のものがあげられています。
・ 実況見分調書とは異なる事実関係を基礎としている
   「私的鑑定人」が刑事記録を精読していないことが原因です。この類のミスが「私的鑑定」には数多くあります。
・ 常識に反している
   物理法則に反しているのではなく、「常識外れ」というものです。ハンドルを右に切ったら車が左に回転したという類のミスであり、「私的鑑定」には少なくありません。
・ 物理法則、実験論文等に反している
   「私的鑑定」は多くは高校レベルの物理の知識で作成されており、ミスを見破ることは難しくはありません。

第8 判決での認容額が事前提示額より下がる場合があること

◯実質的に加害者の任意会社が訴訟前の交渉当事者であった損害賠償請求訴訟の場合において,以下のような事情に基づき,判決での認容額が事前交渉提示額より下がる場合があります。
① 訴訟提起後に実況見分調書,被害者のカルテ等を確認した結果,被害者に不利な事実が訴訟提起後に判明する場合があること。
→ 例えば,(a)交通事故の時に被害者がシートベルトをしていなかった事実,(b)治療中に事故の負傷部位にさらに別の事故での負傷が加わった事実,(c)後縦靱帯骨化症(OPLL)が治療の長期化・後遺障害の程度に大きく影響している事実があります。
② 早期解決をできることを条件として,訴訟では認められない可能性のある損害を争っていない場合があること。
→ 例えば,介護のための家族の高額なホテル代があります。
③ 最終的に決裂した事前交渉中に,タクシー代支払の合意,休業損害額の合意といった,一部の事項だけの合意が成立していた場合
→ 訴訟提起後に合意の事実を被告が争った場合,決裂した合意の中の一部の中間的な合意については「法的に」成立していたという主張は非常に認められにくいです。

第9 判決結果と自賠責

1 総論
   判決結果において,自賠責保険における後遺障害の等級を上回る後遺障害の等級が認定された場合の取扱いは以下のとおりです。
① 加害者が任意保険に加入している場合
→ この場合,判決で認定された後遺障害等級を前提に任意保険会社が損害賠償額の支払に応じてくれ,後は,自賠責保険会社が,任意保険会社に対し,自賠責保険金の追加払いに応じてくれるかどうかの問題となるに過ぎません。
   そのため,被害者としては,自賠責保険会社に対し,追加払いを請求する必要がありませんから,特に問題は生じません。
② 加害者が任意保険に加入していない場合
→ この場合,被害者としては,自賠責保険会社に対し,追加払いを請求する必要が生じることとなります。
   そのため,加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起する場合,自賠責保険会社を共同被告とするか,最低限,自賠責保険会社に対し,訴訟告知(民事訴訟法53条)をしておいた方が安全です。
 
2 訴訟告知及び補助参加
(1) 訴訟告知というのは,訴訟の結果に利害関係のある第三者がいる場合において,当該第三者に対し,訴訟告知(民事訴訟法53条)をして,補助参加(民事訴訟法42条以下)又は独立当事者参加(民事訴訟法47条)を促すことで,参加的効力(民事訴訟法53条4項・46条)を当該第三者に及ぼすための手続です。
(2) 参加的効力が制限されるとはいえ,上告審に係属中でも訴訟告知をすることはできます(民事訴訟法53条1項「訴訟の係属中」参照)。
(3) 参加的効力は,判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく,その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及びます(最高裁平成14年1月22日判決。なお,先例として,最高裁昭和45年10月22日判決参照)。
(4) ②の場合において自賠責保険会社を共同被告とせず,かつ,訴訟告知をしていなかった場合であっても,加害者と被害者との間で主張・立証を尽くした上での判決に基づく請求であれば,通常,判決結果の後遺障害等級に基づいて支払ってくれます。
   ただし,加害者に対する損害賠償請求訴訟の係属は,自賠責保険の消滅時効を中断しませんから,3年に一度,時効中断申請をしておく必要があります。

第10 債務不存在確認請求が先行する事案

○交通事故の赤い本講演録2018年4頁には,東京地裁27民の部総括裁判官の発言として以下の記載があります。

   微増傾向が続いている債務不存在確認請求が先行する事案では,おって損害賠償請求の反訴が提起され,本訴は取下げにより終了するのが通常ですが,この種の事案では,被害者側が事故後に長期にわたり複数の医療機関に通院を続けて,示談が進まないことから本訴が提起されたものの,なお治療中で症状固定未了であるとの主張がされたり,あるいは,自賠責保険の後遺障害等級認定の申請又は異議申立ての手続が進行中であるのでその結果を待ちたいとの主張がされたりして,審理が長期にわたり停滞する事案が少なくありません。
1(1) 被害者側の交通事故(検察審査会を含む。)の初回の面談相談は無料であり,債務整理,相続,情報公開請求その他の面談相談は30分3000円(税込み)ですし,交通事故については,無料の電話相談もやっています(事件受任の可能性があるものに限ります。)
(2) 相談予約の電話番号は「お問い合わせ」に載せています。

2 予約がある場合の相談時間は平日の午後2時から午後8時までですが,事務局の残業にならないようにするために問い合わせの電話は午後7時30分までにしてほしいですし,私が自分で電話に出るのは午後6時頃までです。
 
3 弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)については,略歴及び取扱事件弁護士費用事件ご依頼までの流れ,「〒530-0047 大阪市北区西天満4丁目7番3号 冠山ビル2・3階」にある林弘法律事務所の地図を参照してください。