過労自殺の労災認定

第0 目次

第1 総論
第2 労災認定の対象となる精神障害の発症原因等
第3 労災認定してくれなかった場合の不服申立方法等
第4 労基署による労災認定は1億円前後の損害賠償責任の発生と直結していること等
第5 時間外労働時間数別に見た精神障害の労災認定状況
第6 過労自殺案件における労災認定は会社の倒産と直結する場合があること
第7 現在の判例理論だけで判断すべきではないこと
第8 日本産業精神保健学会の意見 

* 「精神障害の労災認定実務要領」も参照して下さい。 

第1 総論

1   厚生労働省労働基準局労災補償部補償課職業病認定対策室が作成した「精神障害の労災認定実務要領」に基づき,業務が原因で心の病を発症したかどうかについて労働基準監督署が詳細な調査を実施してくれます(厚生労働省HPの「精神障害の労災補償について」参照)。
   そして,業務が原因で心の病を発症した場合,労災保険に基づき,療養補償給付,休業補償給付,障害補償給付等を支給してもらえます(厚生労働省HPの「労災補償関係リーフレット等一覧」参照)。

2 現在の認定基準(平成23年12月26日付の厚生労働省労働基準局長通達,及び同日付の厚生労働省労働基準局労災補償部補償課長通達)によれば,最高裁平成12年3月24日判決が取り扱った事案(個人的には,当該事案が過労自殺に該当することは当然であると感じています。)より遥かに心理的負荷が軽いものであっても労災認定されると感じています。
   例えば,飲酒検知の誤作動でバスの運転手が自殺した事案について,東京地裁平成27年2月25日判決は業務災害に該当すると認定しました(外部HPの「「飲酒検知の誤作動で自殺」は労災」参照)。

3  厚生労働省HPの「精神障害の労災補償について」には,平成13年度以降(発表年度ベースでは平成14年度以降)の,脳・心臓疾患及び精神障害の労災補償状況等に関する報道発表資料が掲載されています。

第2 労災認定の対象となる精神障害の発症原因等

1 労災認定の対象となる精神障害の発症原因のうち,心理的負荷の強度が強いものの例としては,以下のものがありますところ,これらの事由がある場合,労災認定される可能性が高いです。
① 重度の病気やケガをした
② 業務に関連し,重大な人身事故,重大事故を起こした
③ 会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした
④ 退職を強要された
⑤ (ひどい)嫌がらせ,いじめ又は暴行を受けた

2 平成11年9月14日付の労働省労働基準局長通知により,「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」とされています。
   そのため,この場合,「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と定める労災保険法12条の2の2第1項は適用されません。

第3 労災認定してくれなかった場合の不服申立方法等

1 労働基準監督署が労災認定してくれなかった場合,労働保険審査官及び労働保険審査会法に基づき,都道府県労働局労災保険審査官に対する審査請求(厚生労働省HPの「労災保険審査請求制度」参照)及び厚生労働省労働保険審査会に対する再審査請求(厚生労働省HPの「労働保険審査会」参照)をすることができます。

2 都道府県労働局労災保険審査官による審査請求が認められなかった場合,再審査請求を経ずに,労災保険法に基づく保険給付の不支給決定取消訴訟を提起できます(労災保険法40条参照)。
   また,都道府県労働局労災保険審査官が,審査請求があった日から3ヶ月以内に裁決をしない場合も同様に取消訴訟を提起できます(行政不服審査法8条2項1号。なお,最高裁平成7年7月6日判決参照)。
   ただし,行政訴訟が提起された場合,労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項各号所定の一定規模以上の事業である会社は,労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することができます(最高裁平成13年2月22日決定)。

3 27年度労災保険審査関係統計表によれば,27年度の場合,業務上外の認定に争いがあるものに関する846件の決定のうち,棄却が790件,取消が30件,却下が26件でした。

4 「労災保険に関する不服申立方法」も参照して下さい。

第4 労基署による労災認定は1億円前後の損害賠償責任の発生と直結していること等

1 万が一,職場の同僚等が業務に関連して自殺した場合,労基署による労災認定は1億円前後の損害賠償責任の発生と直結していますし,死亡慰謝料(2000万円から2800万円ぐらいです。)に相当する部分は労災から支給されません(外部HPの「労働紛争の予防」参照)。
   そのため,業務が原因で社員の心の病が発生することがないよう,採用の自由に基づき適切な人材を採用するとともに,適材適所を心がける必要があります(健康診断の結果についての主治医又は産業医からの意見聴取につき労働安全衛生法66条の4,健康診断実施後の措置につき労働安全衛生法66条の5参照)。
   また,労働者が疾病のためその命じられた義務のうち一部の労務の提供ができなくなったことから直ちに債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできない(最高裁平成10年4月9日判決参照)ものの,うつ病の再発率は1年以内が30%,5年以内が40~60%であること(外部HPの「うつ病」参照)にかんがみ,休職中の労働者の復職を認めるかどうかは慎重に判断する必要があります(外部HPの「【産業医が教える】人事が復職を判断できる5つの基準」が参考になります。)。
   さらに,万が一,職場の同僚等が自殺してしまった場合,①業務の過重性等に関する事業場関係者の供述内容が労災認定に重大な影響を与えること,②会社に不利な供述の内容が供述調書となった場合,当該供述調書を将来の裁判で訂正することは非常に困難である場合があるところ,会社の信用失墜行為は就業規則に基づく懲戒事由となる場合があること等にかんがみ,労働基準監督署が正確な判断をすることができるよう,弁護士と相談しつつ,労働基準監督署に対して十二分に事情説明をする必要があります(事業主の意見申出につき労災保険法施行規則23条の2)。

2(1) 労働基準監督署の調査において虚偽の説明等をした場合,6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられます(労災保険法51条2号・48条)。
   ただし,平成26年8月8日付の厚生労働大臣の行政文書不開示決定通知書によれば,同日時点で,労災保険法51条違反の罪について司法処分がされた件数が全国の労働局ごとに分かる文書は存在しませんから,実際の適用状況は不明です。
(2)   政府統計の総合窓口に掲載されている平成27年度検察統計年報(バックナンバーにつき法務省HPの「検察統計統計表」参照)の45表「15-00-45 罪名別 既済となった事件の被疑者の既済事由及び性別・法人別人員 」によれば,平成27年の偽証罪の処理状況は,総数が100件,起訴が1件,起訴猶予が6件,起訴猶予以外の不起訴が93件です。
   そして,労災保険法51条違反の罪は,3月以上10年以下の懲役刑が定められている偽証罪(刑法169条)よりも遙かに法定刑が軽いですから,刑事罰の対象となった件数は偽証罪よりも少ないかも知れません。

3 労働基準監督署による立入検査及び供述聴取時の弁護士の立ち会いが認められているかどうかは不明です。
   ただし,「独占禁止法審査手続に関する指針」(平成27年12月25日公表)では,立入検査における弁護士の立ち会いは認められているものの,供述聴取時の弁護士等の立ち会いは認められていません。

4 東芝事件に関する最高裁平成26年3月24日判決では,労働者に過重な業務によって鬱病が発症し増悪した場合において,一定の事情の下では,使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の額を定めるに当たり,当該労働者が自らの精神的健康に関する一定の情報を使用者に申告しなかったことをもって過失相殺をすることはできないとされています。

5 49期の石村智京都地裁判事が執筆した「労災民事訴訟に関する諸問題について」(-過労自殺に関する注意義務違反,安全配慮義務違反と相当因果関係を中心として-)を掲載している判例タイムズ1425号(平成28年7月25日発売)45頁には以下の記載があります。
   客観的業務過重性が認められる場合には,業務の過重性についての予見可能性と労働者の心身健康を損なう危険についての(抽象的)予見可能性さえあれば(使用者側は,客観的にみて過重な業務を課しているのであるから,通常は,これが否定されることはない。),義務違反及び相当因果関係が肯定される関係にあり,その意味で,この場合においては,精神障害の発症や自殺についての予見がないとの使用者側の主張については,ほぼ失当に近いことになる。しかも,電通事件最判や東芝事件最判の判示によれば,当事者側の事情が過失相殺ないしは素因減額とされる場面はかなり限定され,その適用範囲が審理の中心となるということになろう。

6 最高裁平成13年2月22日決定は,労災保険給付の不支給取消請求訴訟における業務起因性についての判断は判決理由中の判断であって,当該訴訟と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟とでは,審判の対象及び内容を異にすると判示していますものの,現在の訴訟実務は全く異なる気がします。

7 事業主は,遺族補償年金の前払い一時金の最高限度額を限度として損害賠償を猶予されます(労災保険法64条)ものの,過労自殺による損害額の大きさからすれば余り意味がありませんし,死亡慰謝料は支払猶予の対象外です。

第5 時間外労働時間数別に見た精神障害の労災認定状況

1   精神障害が労災認定された件数(自殺につき,自殺未遂を含む。)は,時間外労働時間数別に見れば以下のとおりですから,時間外労働時間数が少ないというだけの理由で精神障害の労災認定が否定されるわけでは全くありません(厚生労働省HPの「平成27年度「過労死等の労災補償状況」を公表」(平成28年6月24日付)の別添資料2)。
① 平成26年度
20時間未満:118件(うち自殺は7件)
20時間以上~40時間未満:37件(うち自殺は9件)
40時間以上~60時間未満:34件(うち自殺は11件)
60時間以上~80時間未満:18件(うち自殺は2件)
80時間以上~100時間未満:27件(うち自殺は4件)
100時間以上~120時間未満:50件(うち自殺は12件)
120時間以上~140時間未満:36件(うち自殺は6件)
140時間以上~160時間未満:21件(うち自殺は0件)
160時間以上:67件(うち自殺は4件)
その他:89件(うち自殺は35件)
→ 決定理由として100件を超えるものは,「悲惨な事故や災害の体験,目撃をした」,「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」,「上司とのトラブルがあった」であり,「1ヶ月に80時間以上の時間外労働を行った」は89件(うち自殺は8件)だけです。
② 平成27年度
20時間未満:86件(うち自殺は5件)
20時間以上~40時間未満:50件(うち自殺は24件)
40時間以上~60時間未満:46件(うち自殺は10件)
60時間以上~80時間未満:20件(うち自殺は3件)
80時間以上~100時間未満:20件(うち自殺は4件)
100時間以上~120時間未満:45件(うち自殺は8件)
120時間以上~140時間未満:40件(うち自殺は3件)
140時間以上~160時間未満:22件(うち自殺は3件)
160時間以上:65件(うち自殺は11件)
その他:79件(うち自殺は28件)
→ 決定理由として100件を超えるものは,「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」,「上司とのトラブルがあった」であり,「1ヶ月に80時間以上の時間外労働を行った」は55件(うち自殺は7件)だけです。

2 過労死が労災認定された事案のうち,時間外労働時間数が45時間以上~60時間未満の件数は,平成26年度が0件,平成27年度が1件(うち死亡は1件)であり,60時間以上~80時間未満は平成26年度が20件(うち死亡は10件),平成27年度が11件(うち死亡は4件)です。
   そのため,時間外労働時間数が労災認定に与える影響は,過労自殺よりも過労死の方が遙かに大きいです(厚生労働省HPの「平成27年度「過労死等の労災補償状況」を公表」(平成28年6月24日付)の別添資料1)。

第6 過労自殺案件における労災認定は会社の倒産に直結する場合があること

1   職場の同僚等の自殺に関して労災認定があった場合において,任意労災に加入していない勤務先(任意労災につき,外部HPの「労災上乗せ保険ナビ」参照)が1億円前後のお金を支払う余裕がないとき,遺族感情次第では数年後に勤務先が倒産する可能性が高いですから,転職活動を始めた方がいいかもしれません。
   また,大阪高裁平成24年11月29日判決には,「社会的には,脳心疾患に係る死亡事案で労災認定がされたという事実だけで,特段の留保を付さず「過労死」あるいは「ブラック企業」という否定的評価をもって,そのような企業への就職を避けるべきであるという言説が紹介されている」と書いてあることにも留意した方がいいと思います。

2 精神疾患等の公務上災害の認定指針(平成20年4月1日付の人事院事務総局職員福祉局長の通知)によれば,公務災害の場合,精神科の受診歴がない人が自殺したとき,本人の言動や極度の心身の疲弊等から,精神疾患に罹患していた蓋然性が高い場合に限り,自殺が公務災害に該当することとなります。
   しかし,精神障害の労災認定の場合,精神科の受診歴がないことが公務災害の場合ほど認定に不利になるわけではありません。

3   心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付の厚生労働省労働基準局長通達)により,判断が難しい事案のみ医師の意見が必要とされるに過ぎませんし,業務以外の要因調査は簡素化されるようになりました(外部HPの「心理的負荷による精神障害の認定基準」参照)。
   そのため,精神科への通院歴が全くない人が自殺した場合,会社としては,自殺の本当の原因が全く分からない状態で労災認定,ひいては1億円を超える損害賠償責任を負担させられるリスクがあるわけですから,まじめに働いている従業員の雇用を確保するためにも,従業員のメンタルヘルスには厳重に注意する必要があります。

4 労働基準監督署による労災認定を待つまでもなく過労自殺が労災認定されそうな事案の場合,会社としては,労災認定に協力し,すべての法定相続人に対してそれなりの死亡慰謝料を支払う代わりに,その余の損害賠償責任は免除してもらうという趣旨の示談を締結するように努力するしかないと思われます。

第7 現在の判例理論だけで判断すべきではないこと

   ①従業員の精神障害に関して会社の安全配慮義務の水準は年々高くなっていると感じますし,②平成26年11月1日,過労死等防止対策推進法が施行されましたし,③平成27年12月25日発生の電通女性社員過労自殺事件に対する世間の反応のように,過労自殺に対する世間の風当たりも年々厳しくなっていると感じますし,③東芝事件に関する最高裁平成26年3月24日判決により過失相殺が適用される範囲はより一層狭くなりました。
   また,今後も引き続き会社の安全配慮義務の水準が高くなっていく可能性があります。
   そのため,従業員の精神障害に関して会社の損害賠償責任が認められるかどうかについては,現在の判例理論に照らして判断するだけでは不正確であると思います。

第8 日本産業精神保健学会の意見

   日本産業精神保健学会が平成18年12月20日に公表した「「過労自殺」を巡る精神医学上の問題に係る見解」17頁には,「意見書が指摘するようなケース(注:軽症うつ病が業務によるストレスを原因により中等症,重症うつ病に移行し,自殺した場合)については,精神健康上問題のある労働者に対して,企業は,家族,上司,同僚等周囲の理解・協力の下にメンタルヘルス対策を適切に実施していくことが求められているのであり,このようなケースを労災補償の問題として提起することは,精神障害者の雇用の面からも慎重でなければならないと考える。」と書いてあります。
1 相談予約の電話番号は06-6364-8525であり,交通事故及び債務整理の初回の面談相談は無料であり,相続情報公開請求等の面談相談は30分3000円(税込み)です。
   交通事故及び債務整理については,無料の電話相談もやっています。
  
2 執務時間は原則として平日の午前10時から午後7時30分までですが,事前のご予約があれば,午後8時30分まで夜間相談可能です。
 
3 弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)については,略歴及び取扱事件弁護士費用事件ご依頼までの流れ,「〒530-0047 大阪市北区西天満4丁目7番3号 冠山ビル2・3階」にある林弘法律事務所の地図を参照してください。